2021年06月07日

「梅雨の合間に・・・」

 いつの間にか5月が過ぎ、はや6月に入りました。
 長い間ご無沙汰いたしておりました。この間、コロナ禍の自粛期間もあり、ご協力いただいた皆様には心から御礼を申し上げます。6月からは全園児が揃い、うれしく思っています。あとは一日も早くコロナ禍が終息し、日常の日々に戻れることを祈るばかりです。
 ところで小生は久々に登園し、園児の皆さんの活動をじっくり見せていただきました。園庭や砂場、そして遊具でダイナミックに遊ぶ姿、教室で円陣を組み先生のお話を集中して聞く姿等々、成長した様子を見ることができました。リズム室では、年長組の皆さんが、マット運動に挑戦する様子も見せていただき、子ども達の挑戦する眼差しにも出会うことができ、充実した一日となりました。
 園児の皆さんは、こうした日々をお友達とともに過ごしながら、いろんな経験を積み重ねながら成長していくのですね。私たちは、そうした子ども達の成長の日々の日常を、守っていくことが一番大切なことだと思うことでした。
posted by ののはな幼稚園 at 14:48| 日記

2021年04月12日

「新年度が始まりました」

 春風とともに新年度が始まりました。4月8日に始園式、4月10日に入園式を行い、そして本日から全園児がそろい、いよいよ本格的な園生活が始まりました。
 「友達せんせい」とよく言われますが、いろんな個性や育ちが異なる子ども達が、遊びを通して互いに交わる中で育ちあい、「生きる力」を身に着ける。これが集団生活での学びです。
 これからの1年が、実りのある学びの日々となりますよう、幼児期に経験してほしい様々な体験を、四季の移ろいを心と体で味わいながら、過ごしていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。
posted by ののはな幼稚園 at 13:33| 日記

2021年03月31日

「本年度のご協力に御礼を申し上げます」

 本年度も本日をもって終了となります。この一年コロナ禍の中、日本の全ての人々が不安のうちに過ごし、いまだ終息が見通しが見えない中で、本日を迎えることになりました。
 そうした中でも、子どもたちは元気いっぱいに園生活を送ることができ、卒園式・終園式も無事終えることができましたことが、何より嬉しいことでした。
 この一年、皆様方からいただきましたご支援に、心から御礼を申し上げます。
 この一年の数々の試練を乗り越えてきた力を、次年度の更なる力に変えて、職員一同「ワンチーム」になって取り組んでいく所存です。どうぞよろしくお願い申し上げます。
posted by ののはな幼稚園 at 14:52| 日記

2021年03月01日

「春はそこまで・・・」

 早や3月に入りました。
 長い間ご無沙汰してしまいました。
 つい最近まで楽しませてくれた隣家の空き家の庭の白梅も、すっかり散ってしまいました。
 ところで我が家のユーセンでは、春にちなむ曲が流れています。「どこかで春が」「早春賦」等々、そして、ひな祭りにちなむ曲も流れています。その中には、昔懐かしい曲もあり、幼き日を思い出します。そんな中で私は「流しびな」の曲が一番好きです。さらに3月に最もふさわしい「さくらさくら」が流れてきます。この曲を聞くたびに、もう50年近く前になるのでしょうか? 私が初めて欧州教育研修旅行に自費参加した折、ハンガリーのホテルで専属の楽団がこの曲で迎えてくれた折の事を思い出します。この曲の後、リストの「ハンガリー狂詩曲」を演奏され、ツァーのお一人の方が、楽団の方からバイオリンをお借りして、飛び入り参加され、拍手大喝采を受け、夜にも交流があり、当時は流行っていた「木綿のハンカチーフ」や「泳げたいやきくん」を歌い盛り上がったことを思い出しました。これ以来ハンガリー大好き人間になりました。
 ついつい余分な事を書いてしまいましたが、3月といえば何といってもお別れの季節です。年長さんはいよいよ卒園を迎えるのですね。いつもそうですが、嬉しくもあり、寂しくもありの心境です。残り少なくなった日々を、お友達や先生といっぱい遊んで欲しいし、思い出をいっぱい心に詰めて、胸を張って卒園していって欲しいと思っています。
 そう、春はそこまで来ているのです。
posted by ののはな幼稚園 at 13:35| 日記

2021年01月04日

「新年あけましておめでとうございます」

 新年あけましておめでとうございます。
 いつもとは違う、コロナ禍の中ではありますが、20021年のお正月をご家族お揃いでお迎えのことと拝察いたします。ご家族にとって今年が幸多い年になりますよう、心からお祈りいたします。
 幼稚園では本日仕事始めであり、職員相集い新年のあいさつを交わした後職員会議を行い、3学期の保育の在り方や、行事などについて、打ち合わせをし、教室の清掃等、環境整備を行い、明日からの保育の準備を行った次第です。
 コロナ感染が、なかなか収まらない今日の不安な状況下でありますが、この一年、どうぞよろしくお願いいたします。
 
posted by ののはな幼稚園 at 11:45| 日記

2020年12月28日

「2020年の1年、ありがとうございました」

 2020年はコロナ禍で始まり、コロナ禍の中で年の瀬を迎えようとしています。
 思えば厳しい一年であったと思います。コロナ禍の中で子ども達の保育をどう確保していけばいいのか、模索する中でのスタートであったと思います。行政の指導や助言を含めて、全職員の知恵を絞りながら取り組み今日に至っています。
 この間、子ども達は戸惑いを見せながらも、次第に本来の力を発揮しながら、園生活に取り組んできました。特に運動会を経験した後からは、いままで見られなかったほどのダイナミックな動きが見られるようになったように、私の目には映りました。今は砂場で、園庭で、好奇心あふれる姿が見て取れるようになりました。最近では、マラソン大会の練習に真剣に向き合う姿が見られ、うれしい限りです。
 こうして、今年の園生活も間もなく終わろうとしています。コロナ禍の中で子ども達を支えていただき、園の教育活動に、ご理解とご協力をいただいた保護者の皆様に、心からお礼を申し上げます。
 新しい年がコロナ禍が終息し、佳き一年になるよう心から祈念いたします。


posted by ののはな幼稚園 at 11:11| 日記

2020年12月14日

「コロナ禍の下で思うこと」

 12日は発表会が無事終了することができました。皆さんのご理解とご協力に感謝申し上げます。コロナ禍の下、職員とともどもに知恵を出し合い当日を迎えたのでした。当たり前と思っていたことが、かけがえのないことであるのだ。ということが身にしみて感じる日々です。こんな時こそ原点に立って考えることが求められているのだと思います。幼稚園の原点とは?そうです、全ては、園児の皆さんのことを中心において考えることに尽きます。このことを改めて確認し、子ども達と共々に、前に進んでいきたいと思っています。
 園庭では、マラソン大会へ向けて、子ども達が頑張っています。皆さんと共々にエールを送りましょう。
posted by ののはな幼稚園 at 13:41| 日記

2020年11月30日

創設者の言葉4「教育の原点は幼児教育」

 来る12月3日は本園の「創立記念日」です。昭和34年12月に県に認可され、翌年4月に開園されました。今年で61年を迎えることになります。
 ところで、認可される2年ほど前の夏のころでした。福原家では家族会議が開かれ、父福原毅が、幼稚園を創立したいとの意を、家族に伝えたのです。その時言った言葉が、標題の「教育の原点は幼児教育である。」との言葉です。
 こうして園創設に向けての父の活動が始まったのです。何しろ宣言はしたものの肝心のお金がないのです。それを何とかしようと奮闘が始まりました。そして、周りの人々のたくさんの善意に助けられ、県の認可、そして翌年4月の開園にこぎつけたのです。この間の父の苦労の日々は、我々の想像を遥かに絶するものがあったものと思います。
 一体父はいつごろから幼稚園をt造りたいと思ったのか。跡を継いだ時から頭に引っかかっていたのですが、創立50年の時に、父の履歴書を見る機会があり、昭和24年に幼稚園教諭の免許を取得していることを発見したのです。少なくとも園の創立の10年ほど前から幼稚園創立の思いを抱いていたことを知り、跡を継ぐ重みを思い知らされたのでした。
 創立記念日を前に、「教育の原点は幼児教育である」との創設者の思いを改めて心に受け止め、これからも皆様方のご理解とご協力をいただきながら、歩んでいきたいと思っています。
posted by ののはな幼稚園 at 13:19| 日記

2020年11月24日

創設者の言葉その3「武士は食わねど高楊枝」

 創設者の福原毅は、その後教育行政に携わりたいと大宮高校の教諭の職を辞し、市の教育委員に立候補し、当選します。教育委員として市の教育行政に尽力しますが、その後委員は任命制となり、任期満了とともに、退職します。その後、各種の名誉職などを勤めますが、収入は少なく、家族の生活を守るため、日々悩まされたようです。そんな日々の中で時々つぶやいていたのが、標題の「武士は食わねど高楊枝」の言葉です。その意味するところは、「たとえ貧しくとも、気位を持って生きる」という事です。創設者の福原 毅は、まさにこの言葉通り、志の高いやせ我慢の人でした。
 この間、福原 毅は、幼稚園の創立を心のうちに温めていたようです。そのことを当時の家族は誰も知らなかったのです。その後の事は次回のこの欄で書いていきます。


posted by ののはな幼稚園 at 12:00| 日記

2020年11月16日

創設者の言葉その2「情けは人の為ならず」

 創設者の福原 毅は、その後都城の小学校の教諭から女子師範学校の教諭になり、終戦を迎えます。戦後は、県の職員を経て、大宮高校の地理の 教諭に赴任します。生徒を愛し、授業に全力を尽くす姿勢や、その語り口や表情・地図を片手に持ち教室へ向かう姿等々、生徒からも大変慕われたようです。被写体としても魅力的で、写真部の面々が文化祭に出展したと思はれる大判の写真が数枚残されています。また、女子師範時代から生徒や同僚の方々が、よく自宅へ来られておられました。頼まれごとも多く、いったん頼まれると、その方のために全力を尽くし、昼夜を問わず出かけていく姿がありました。そんな父の健康を案ずる母は、たまりかねて意見をすると、よく口にしていた言葉が、標題の「情けは人の為ならず」の言葉です。
 寒い夜、自転車を引きつつ、自宅を後にしていく父の後姿を思い出しています。
posted by ののはな幼稚園 at 12:17| 日記