2017年12月01日

「創立記念日に思うこと」

 12月3日は本園の創立記念日です。この日を園児とともにお祝いしたいものと、本日は午後からリズム室で「創立記念の集い」を行うことにしています。
 ところで本園は、昭和34年12月に県の認可を受け「福原 毅」によって創立されました。以来58年にわたり地域の皆さんはじめたくさんの皆さんに支えられて今日に至りました。この間幾多の困難が待ち受けていましたが、皆さんのご理解とご協力により乗り越えることができました。心から感謝申し上げます。
 ところで、私の父でもある創立者の「福原 毅」は、自らの過去のことは語らない人でした。いつも「青年は過去を語るな。未来を語れ。」が口癖でした。ですから、私も詳しいことはほとんど聞いていません。のちに母や叔母から、断片的にしか聞いていません。そのわずかの記憶から知りえたことの一部を記しておきます。本人は奄美大島の離島「請島」で生まれ育ち、十代で島の代用教員として小学校の教員になったと聞いています。すべてのことに情熱的に取り組んだとのことでした。そんな取り組みの中で「標準語教育」への取り組みは成果を上げたとのことを、30年ほど前に父を知る人からお聞きしたことがあります。その実践は次のような動機から行ったとのことです。島出身者が就職した都会の生活で一番つまずくのは「言葉のなまり」です。そのことで仕事を辞めざるを得ない人々が多かったそうです。これを何とかしようと取り組んだのが上記の取り組みでした。「今でもその地区だけは標準語なんですよ。あなたのお父さんの功績ですよ」と語ってくれたのでした。今は地方の方言を大事にする時代ですから、父の取り組みは真逆の立場で、ある意味で評価できないのかもしれませんが、当時の島の人たちにとっては、切実なものであったと想像されます。
 その後、父は上京し丁稚奉公をしながら、夜間大学に進学するのです。長い語りとなりましたので、その後のことは、次の機会に譲りたいと思います。「創立記念日」に当たり、創立者の生い立ちの一端を述べさせていただきました。
posted by ののはな幼稚園 at 12:39| 日記