2012年11月19日

牧水賞に大口玲子さんの歌集「トリサンナイタ」

 先月第17回若山牧水賞の発表があり、宮崎市在住の大口玲子さんが選ばれました。大口さんは東日本大震災後幼いお子様を連れて仙台から宮崎市に移り住んでいる42歳の母親だそうです。震災後避難を重ねながら、「子どもを守る」苦悩や葛藤を読んだ歌集「トリサンナイタ」が高い評価を受けての受賞です。命をいとおしむ母親の姿に、感銘を受けた歌の中から、次の2首を記しておきます。

  「咲き満てる桜さえずりをこぼすたび子もさえずりやトリサンナイタ」
  「晩春の自主避難、疎開、移動、移住、言い換えながら真度になりぬ」

 ところで、郷土の歌人若山牧水の歌の一つは本園のリズム室に掲げていますが、牧水の歌は、本園の創立者である私の父も良く口ずさんでいました。そんな中で私の好きな歌を記しておきます

  「幾山川越え去り行かば寂しさのはてなむくにぞ今日も旅行く」

 また、音楽の時間にメロデイ-に乗せて歌った次の2首も大好きです。

  「白鳥は悲しからずや空の青海の青にも染まず漂う」
  「いざ行かむいきてまだ見ぬ山を見むこの寂しさに君は耐ふるや」
posted by ののはな幼稚園 at 13:59| 日記

2012年11月05日

読書の秋を迎えて

 秋の深まりと共に、「スポーツの秋」から「読書の秋」へと、季節の移ろいを感じる今日この頃です。昨年園長職を辞し、少しは読書が出来るかと思っていましたが、思うに任せない日々が続いていましたが、今年の夏ごろから本を読める気分になりました。今は月2回程度宮崎市立図書館に出かけ数冊をお借りする習慣が定着しつつあります。知人の勧めで借りた「ヘタな人生論より徒然草」で、兼好法師の味わい深い語り口に惹かれ、高校時代は苦手であった古典の「枕草子」・「平家物語」等の解説書を少しずつかじっているところです。最近は、「万葉集」や「小倉百人一首」に出会い、うろ覚えの和歌に心を寄せ、悦に入っている次第です、特に柿本人麻呂の次の歌は、幼児教育に携わるものとして、いや親として心を打つものがあります。

  「銀(じろがね)も、金(くがね)も玉も何せむに、まされる宝子にしかめやも。」

 また、中秋の月を眺めながら、異郷の地中国で母国日本への望郷の念を抱きつつ詠んだ、阿倍仲麻呂の次の名歌に思いを馳せたのでした。

  「あまのはらふりさけ見れば春日なる、みかさの山にいでし月かも。」

 秋の夜長は、まだまだ続きます。
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2012年10月31日

PTAバレー大会がありました。

 昨日は、宮崎県私立幼稚園対抗のバレー大会が行われました。
野の花幼稚園のバレー部も大会に参加し、結果は惜しくも2敗
でしたが出場された皆さんは頑張られていました。
 応援に駆けつけていただいた皆さんもありがとうございました。004.JPG
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posted by ののはな幼稚園 at 11:22| 日記

2012年10月29日

園医の佐藤雄一先生ありがとうございました。

10月25日園医である佐藤雄一先生が急逝されました。突然の訃報に、只々驚くばかりでした。私は26日の通夜の席に列席させていただきました。祭儀場のホールに入りきれないほどのたくさんの方々の参列者に、祭壇に掲げられた先生の遺影は、「ありがとうございます」と語りかけておられるような気がしました。
 ところで先生は、父上の衛先生から二代にわたる園医としてお付き合いをさせていただきました。第三代の園長で私の母でもある福原榮枝が衛先生に園医をお願いして以来のお付き合いです。衛先生は明治人らしい気骨のある厳格な方でしたが、園の健診では温かいまなざしで子ども達に親しく声を掛けられていました。医師の娘であった母のDNAなのか、何故かウマが合い、健診後は二人でいつまでも談笑されていたのを覚えています。私が園長に就任後のある日、衛先生が「私も年をとりました。差し支えなければ息子もいますが」とお話があり、翌年から雄一先生から診ていただくことになりました。雄一先生は、衛先生とは一味違う形で子ども達に向き合っていただきました。未来を生きる子ども達のいのち・健康の大切さを機会あるごとに伝えておられました。園にも定期的に感染情報を届けていただき、子どもの健康管理に大いに役立ちました。診察中の子どもたちへの語りかける姿は、衛先生と同じで、親子ともどもに小児科医として何よりも子どもが大好きなんだ、と思いました。
 先生の死去に奥様はじめご家族の皆さまの悲しみはいかばかりかと、心からご冥福をお祈りいたします。
 通夜の席で頂いた奥様のお礼の言葉には、「夫佐藤雄一は、一度きりの人生を全力で駆け抜け、満64歳にて生涯を閉じました。」と記されていました。
 「先生本当にありがとうございました。」
posted by ののはな幼稚園 at 13:43| 日記

2012年10月16日

来た時よりも美しく

 わが園の運動会は秋晴れの下、西池小学校の運動場をお借りして行われ、無事終わることが出来ました。楽しさあり、悔しさあり、感動あり、笑いあり、そして何よりも温もりある運動会が出来ました。運動会のために朝早くから準備や、競技のお手伝いを担当していただいた保護者の皆さんへ厚く御礼を申し上げます。運動会という大きな行事を経験した子ども達の、さらなる成長を期待したいと思っています。
 ところで、後日、園長がお礼のご挨拶に西池小学校を訪問しましたところ、教頭先生から「運動会の翌日運動場を回って見ましたら、ゴミひとつなく見事に清掃がされており、とても感心致しました。」との報告を受けました。このことをお聞きして、私はとてもうれしく思いました。いつも、「来た時よりも美しく」をモットーに、保護者の皆さんにゴミの持ち帰りを呼び掛けているところですが、これに応えていただいている保護者の皆さん、また率先してサポートしていただいている父母の会の会長さんはじめ役員の方々に心から感謝申し上げます。
 いましばらくは、運動会の余韻に浸っていたい、そんな気持ちでいるこの頃の私です。
posted by ののはな幼稚園 at 11:05| 日記

2012年10月01日

運動会に寄せてー「チームののはなプラスワン」

 運動会が近づきました。子ども達はその日を目指して日々取り組んでいます。今年はオリンピックの年にちなんで「ののはなオリンピック」と銘打って行はれます。ロンドンオリンピックで見せた日本のチーム力を、野の花の運動会でも披露できればいいな、と思っています。そんなチーム力を見せてくれるプログラムの一つが年長組による「チームののはなプラスワン」です。このプログラムは、創立50周年に当たる2009年度から始まりました。それまでの運動会の定番であった年長組の「ミュージックバンド」を、「ののはなキッズ」と名前と構成等を変えて発表会で披露し、運動会では、本園の基礎体力作りの一端を、組体操で表現しようとするものです。ライバルとしての2つのクラスは、このプログラムでは「チームののはな」として力を合わせて取り組み、「プラスワン」の力を発揮してほしいとのプログラムのネーミングの思いをお伝えしたいと思います。取り組みの過程での数々のドラマを秘めて登場する年長組の皆さんへ、熱いエールを送ってください。
posted by ののはな幼稚園 at 11:09| 日記

2012年09月24日

三原監督への感謝の集いに参加して

 日向学院で同僚であった野球部監督の三原武博先生が、今季限りで勇退されることになり、感謝の集いが行はれ、私も出席いたしました。43年間という長きにわたるご指導に、総勢500名近い参加者の感謝の思いに満ち溢れた素晴らしい集いでした。生徒を愛し、野球を愛した43年の歳月は、まさに教育者としての姿でした。今、心から「ありがとうございました。」と申し上げます。
 そうした中で私は、日曜も祭日もない監督という立場に置かれた家族、特に奥様のご心中はいかばかりであったかと想像したことでした。その奥様が最後に登壇され、次のようなお話をされ、私は大変感動しました。
 「遠征先からは、必ず電話(携帯のない時代も)があり、子ども達のこと、そして私のことを気遣ってくれました。また、たまに練習が早めに終わると電話があり、今から青島に行くぞ、と子ども達を連れて行き、夕闇せまる青島の海岸で嬉々として子どもと遊んでくれました。そんな姿を見て育った子ども達と私は、夫と信頼と絆で結ばれていました。」と語っておられました。私は支え続けた奥様と三原監督に改めて尊敬の念を抱きました。
 今、お仕事などで父親との家族との団欒の時間が少なくなっている現実があり、そのことは何とか解決しなければなりません。ただ、家族との絆は時間の長短ではないことを監督一家は教えてくれています。私自身の自戒の意味も含めて、家族のありようを今一度考えてみたいものです。
posted by ののはな幼稚園 at 16:12| 日記

2012年09月13日

「友遠方より来る、また楽しからずや」

 今年の夏は日ごろ疎遠になっていたお二人の方との交流と再会があり、私にとってとても素敵な夏となりました。今回はそのうちのお一人について書きたいと思います。それは、私のブログでも登場したこともある沖縄で小学校の教師をしているH君です。H君は私が高校の教師をしていた頃の教え子です。お盆を前にしていたある日、宮崎で研修のために見えた折に拙宅を訪ねてきました。実に30年ぶりの再開でした。彼は当時の面影と変わらず、50代半ばを過ぎたという年齢を感じさせませんでした。彼は、学校で立ちあげたボランティアクラブの初代のリーダーを務めてくれました。その後沖縄の大学に進み、同じクラブを立ち上げました。大学在学中クラブの研修会を宮崎で行い、私は講師の一人として参加したのでした。最終日は、日南の彼の実家での泊りがけの研修となり、私は子ども二人を連れて参加しました。彼のお母さんが子どものためにお子様ランチを作ってくれたことを、子どもは今でも覚えています。研修では男女7名ほどの学生たちとの真剣な討議をし、彼らの実に純粋で真っすぐな姿に感動したことを覚えています。そんな当時の話を交えながらの、実に楽しいひと時を過ごすことが出来ました。今、彼は小学校の校長(併設する幼稚園の園長でもあります)として活躍しているとのこと。きっと素晴らしい学校づくりをしていることを想像致しました。彼の名刺には、「いつも心にあいうえお」と書かれていました。その趣旨は次のようなことでした。
   あー進んで挨拶をしましょう。 いーどんなことも一生懸命に取り組みましょう。
   うー歌が響き合う学校にしましょう。 えーいつも笑顔を大切にしましょう。
   おー思いやりの心を持ちましょう。
 彼の人柄が伝わってくるような、そんな思いのする標語でした。特に「歌が響き合う」は、「教育に歌あり」の神髄を突いており、特に幼稚園教育の中では殊のほか大切なものであることを確認したことでした。
posted by ののはな幼稚園 at 15:08| 日記

2012年09月10日

PTAミニバレー大会が開催されました。

 先週、「第9回宮崎私立幼稚園PTAミニバレー大会」が行われました。
野の花幼稚園から9名の方々が参加され、見事2勝しAブロックの準優勝
という結果でした。幼稚園の玄関の側に賞状が飾っていますのでどうぞ、
園に来られる際はご覧ください。
 参加された選手の皆さまお疲れ様でした!

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posted by ののはな幼稚園 at 12:50| 日記

2012年09月01日

2学期のスタートに当たり

 8月30日の保護者の皆さんの清掃奉仕活動により、見事に磨き上げられた教室に子ども達が戻ってきました。いよいよ2学期のスタートです。クラス毎に担任の先生やお友達同士の心弾む会話を交わしながら、顔合わせを済ませ、リズム室での始園式に参加しました。それぞれの学年なりの緊張した面持ちを前方から眺めながら、学期の節目の意義を子どもたちなりに感じているようニ思いました。最近は、長期休暇中の預かり保育等もあり、節目感が薄れて行く感じもしないでもありません。大げさに聞こえるかもしれませんが、人生にはある意味で、この節目の意識を持つことは大切なことではないかと考えます。節目だとかけじめだとか、季節の移ろい等を感じられる保育を、本園はこれからも大切にしていきたいと思っています。2学期は行事の学期ともいえます。運動会や発表会等への取り組みを通して、子ども達にたくましく・しなやかな心と体を育んで行きたいと考えています。
posted by ののはな幼稚園 at 11:32| 日記

2012年08月14日

[「ロンドン・オリンピックに感動」

 ロンドン・オリンピックも閉幕しました。アスリート達の熱き戦いに、連日興奮と感動を貰いました。
 宮崎出身の松田選手の銅メダル、おめでとうございます。4歳からの久世コーチとの二人三脚の取り組みは、子ども達に語るにうさわしい物語です。幾多の感動の中から、いくつかを上げたいと思います。
 先ず女子柔道で見事に金メダル第1号となった松本選手です。むき出しの闘争心と試合後に見せる柔らかな表情。「戦い敗れた二人の選手の思いと共に戦いました。」とのコメントはさわやかでした。男子柔道で銀メダルに輝いた中矢選手の野武士のような表情。寝技の応酬に固唾をのんだ決勝戦は圧巻でした。そこに武道家としてのたたずまいを感じました。
 こうした「個人力」と共に「チーム力」の素晴らしさを感じたのもこの大会でした。「なでしこジャパン」は勿論、「福原愛ちゃん等の女子卓球」・「女子アーチェリー」・「男女競泳リレー」、そして28年振りのメダルを手にした「女子バレーボール」等。
 また、400メートル陸上での義足ランナービクトリアス選手が見せた「強靭な身体と意志の力」に、人間の無限の可能性を垣間見たことでした。
 観客の応援も見事でした。かっての競泳の金メダリストの田口さんは、「どの国の選手にも惜しみない拍手を送る、フェアプレイ精神の母国イギリスの国民に尊敬の気持ちを抱いた。」と新聞に書かれています。
 そして最後に、私がこのブログで書いた通り、大好きな曲「炎のランナー」が開会行事で演奏されると共に、メダル授与式の度に、必ず流されていました。この曲を毎日聞ける「至福の時」もついに終わりました。最終日に表彰台に上がったボクシングの村田選手とレスリングの米満選手が共に、はにかみながら観客席に手を振る姿に、日本人らしい立ち振る舞いを感じながら、バックに流れる「炎のランナー」の曲を聴き入っていました。「全てのアスリートの皆さん、感動をありがとうございました。」そして、「野の花幼稚園の皆さん。今度は、野の花幼稚園のオリンピックですよ。お友達と一緒に練習をして運動会を迎えましょう。」
posted by ののはな幼稚園 at 12:08| 日記

2012年08月02日

[そこにいるだけでいい」そして「アシステンサ」

 6月29日放送の朝の連続ドラマ「梅ちゃん先生」の中で、町医者の坂田先生が「医者はそこにいるだけでいいんだ。」と語るシーンにうなずきながら、以前私が働いていた日向学院の教師時代に耳にしていた「アシステンサ」という言葉を思い出していました。「アシステンサ」とは、「側にいる」(私は、そのように理解)ことを意味するラテン語で、教師はいつも生徒のそばにいるという、カトリックのミッションスクールである日向学院の教育理念そのものでありました。深い感動のあまり寝付かれない夜。硝子戸をあけ、縁側に腰かけ物思いにふける梅ちゃんに、そっと寄り添う祖母が、「それって大切なことね。家族でも友達でも。」と語りかける。私はその言葉の後に、「幼稚園の先生にとっても大切なことだよね。」と付け加えたい気持ちになりました。そのことを確認するかのように、7月26日の幼稚園教師研修大会の講演で、講師の井原忠郷先生も「教師は側にいてくれるだけでいい存在に!」と話されていました。
posted by ののはな幼稚園 at 10:45| 日記

2012年07月25日

[ [ 「置かれた場所で咲きなさい」を読みました。

 以前このブログでも紹介したこともある、私がひそかに尊敬するノートルダム清心女子大学の理事長である渡辺和子先生の標記の書籍がベストセラーになっています。私も早速購入し、一気に読ませていただきました。そこには先生ならではの珠玉の言葉がつづられており、心にしみるものがありました。私は先生の講話をお聞きしたこともあり、行間からは先生の凛としたお声が聞こえてくるようでした。皆様にもお勧めの一冊です。
 下記の写真のごとく表紙の装丁も素敵です。

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posted by ののはな幼稚園 at 13:30| 日記

2012年07月14日

[ ザ・ピーナッツの伊藤エミさん逝く」

 伊藤エミさんが6月に亡くなられました。同世代でありファンでもあった私にとって、とても悲しい知らせでした。デビュー当時、私は北九州の会社の独身寮にいて、仲間と共にテレビで「シャボン玉ホリデー」や「夢で逢いましょう」等の番組で、彼女たちの見事なハーモニーに魅せられていました。そして一度だけですが、コンサートにも足を運んだことがあります。「可愛いい花」・「情熱の花」・「恋のバカンス」等、胸をときめかせながら聴いていたことを思い出します。彼女たちの曲で私が一番好きな歌は、「心の窓に灯を」です。「いじわる木枯らし吹き付けるー」で始まるこの歌は、何故か、あの「マッチ売りの少女」のイメージと重なり、心深く染みいるものがありました。その後のラジオ番組で彼女たちが話していましたが、コンサートのリクエストで最も多いのがこの曲である、と言っていました。これからも、私の心の内で、青春の思い出と共に生き続けて行くことでしょう。
  「心からご冥福をお祈り申し上げます。」
posted by ののはな幼稚園 at 12:06| 日記

2012年07月05日

ありがとう 水永写真館 様

 3月に卒園した皆さんのアルバムが届きました。これで、本園創立以来52年にわたる、水永写真館の本園での仕事が終わりを告げたのでした。
 水永写真館とのお付き合いは、初代水永吉彦さんと本園の創設者で、私の父でもある故福原毅との出会いから始まります。当時、父は大宮高校の教師をしており、水永さんは大宮高校の写真を担当していたYSスタジオで修行中の身でした。その後父が本園を創立し、その前後の時期に独立していた水永さんに本園の写真を依頼することになったのでした。その後園創立50数年の時を経て今日に至った次第です。
 今年の1月の園の記念写真撮影の折に、3代目から、かねて療養中の2代目が死去されたことを知らされました。そこで、自分一人での写真撮影は、園にご迷惑をおかけしてはいけないので、と辞退の申し出を受けたのでした。
 水永家3代との長いおつきあいの中では、いろんな思い出があります。そんな中で一番身近な思い出と言えば、デジカメが一般的になってきた数年前まで、あくまでもフイルム写真へのこだわりを持って仕事をされていた2代目の姿です。今考えてみると、水永写真館との別れは、アナログからデジタル時代への、社会の大きな変化を象徴しているのかも知れません。
 水永写真館様、本当に長い間、ありがとうございました。
posted by ののはな幼稚園 at 13:25| 日記

2012年06月20日

[ 「諏訪内晶子スペシャル・ステージ」を聴きに行きました

 今年で17回目を迎える「宮崎国際音楽祭」に初めて行きました。今回は演奏者が諏訪内晶子さんというので、何故かしら心惹かれて出かけた次第です。席も舞台に近いところを選びました。
 諏訪内晶子さんの演奏は期待にたがわず見事なものでした。先ずはその存在感。凛とした姿勢。そこから繰り出す音色は心にずしんと響くものがありました。力強さと繊細さが見事に調和した演奏は、日常を越えた安らぎを与えてくれました。演奏を終えて静かに弓を下ろす様は、武士が刀を納めるに似た、佇まいにも見えました。さらに、この音楽祭の監督を務める徳永ニ男氏との二重奏はまさに圧巻でした。
 今回の演奏会で、本物が持つ底知れないパワーを感じました。多感な青少年時代こそ、本物に触れる機会を作ることの大切さを改めて実感した貴重な一日となりました。
posted by ののはな幼稚園 at 11:18| 日記

2012年06月12日

親睦ミニバレー大会がありました。

 参観日でもお伝えしましたが、親睦ミニバレー大会がありました。参加された保護者の皆さまお疲れ様でした。ミニバレーの賞状が各クラス飾ってありますのでまた、園に来られた時にご覧下さい。

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posted by ののはな幼稚園 at 15:43| 日記

2012年06月09日

園庭を清める

 先日、会計事務所の方がお見えになった折、帰り際に、「ここの幼稚園の園庭は、いつ来ても奇麗に掃わいておられますね。頭が下がります。」と言われました。掃わいておられるのは園バス担当の先生方お二人です。毎日、園児の送迎が終わった後、庭箒で跡目をつけて綺麗に掃わいて帰ります。こんな習慣が出来たのは、もう15年程前になるのでしょうか。園バス担当のO先生が始められ、5年間毎日続けられました。それがその後の歴代の園バス担当の先生方に受け継がれ、本園の伝統となって今日に至っています。今日1日無事に終わることが出来たという感謝の気持ちと、明日も気持ち良く子ども達を迎えたい、という願いを込めて続けられている園バスの先生方の行いに、今日も感謝です。
posted by ののはな幼稚園 at 11:23| 日記

2012年05月31日

映画「炎のランナー」を観ました

 先日テレビで標記の映画を観ました。以前観た映画でしたが、今年はオリンピックの年でもあり、感動を再現することが出来ました。この映画は1981年イギリスで製作されたもので、1924年のパリ・オリンピック陸上競技への出場を目指す、ユダヤ人青年と聖職者の息子の姿を描いたものです。
 映画を観ながら、今まさに繰り広げられている出場予選にかけるアスリート達の熱き思いや、勝者と敗者の交錯する世界で生きる姿、彼らの研ぎ澄まされた心の内に、思いを致したことでした。7月に開催されるオリンピックでの熱き戦いを、お子様と共々にテレビで観戦していただきたいものです。
 余談になりますが、私はこの映画音楽が大好きで、あのピアノの旋律を聞くと何とも言えない胸の高まりを覚えるのです。ひょっとしたら、この音楽がロンドン・オリンピックのテーマ曲になっているかもしれません。ちなみに、名作には必ず名曲がつきものです。「アラビアのロレンス」・「ひまわり」・「風と共に去りぬ」・「7人の侍」等々、全て名曲です。ところで、昨年末の紅白歌合戦の間奏曲にはチャップリンの名作「モダン・タイムズ」の音楽「スマイル」が演奏されていました。
posted by ののはな幼稚園 at 14:36| 日記

2012年05月17日

A子さんのお母さんからの便り

 10年以上前に在園されていた、A子さんのお母さんから4度目の転居のご挨拶を頂きました。ダウン症のA子さんは年中組に入園され、その後お父さんの転勤で1学期終了後に転出されたのでした。当時A子さんは歩くことも、お話することもできず、ただ担任に抱かれるとニコニコ笑顔がチャーミングなお子さんでした。保護者のご希望でA子さんは通園施設に週3日ほど通い、残り2日ほどしか幼稚園には登園しませんでした。登園するわずかな時間を大切にしたいものと、担任は、遊びの輪を広げながらクラスでの居場所づくりに意を用いました。「これからです。2学期の運動会や発表会をどう取り組んだらいいか、考えます。」。担任の声が少しずつ弾んでいくように思えました。そんな時の転出の知らせでした。これから、という時に、と担任も私も、何かむなしさのようなものを感じていました。あれから10年以上の歳月が流れました。その後のA子さんの様子を知らせるお母さんからの便りが、担任と私に毎年のように届き、文面からはA子さんの確実な成長の様子が見て取れ、あの時の私達の思いを打ち消すような、うれしい気持ちで読んでいます。今回のお便りには、高校の入学式の看板を背景に母子の姿がプリントされていました。これからのA子さん親子の歩みに幸あれと、エールを送り続けていきたいと思っています。
posted by ののはな幼稚園 at 15:18| 日記